「肘を出す」を肘だけの問題にしない|投球動作と胸郭の関係

野球の投球指導では、

「もっと肘を出して」
「肘が前に出てこない」

という表現がよく使われます。

しかし、肘の位置だけを意識させても改善しない選手は少なくありません。

今回指導した選手も、投球時に腕が遅れ、上肢が身体から外方向へ離れていく動きが見られました。

さらに尺骨神経障害も抱えていたため、単純に「肘を出す」というフォーム修正ではなく、なぜ腕が遅れ、身体から離れてしまうのかを身体機能と投球動作の両面から確認しました。

腕が遅れて身体から離れていく

投球動作を確認すると、回転動作を使って投げようとする意識が強く、回転に伴って体幹がグローブ側へ大きく側屈していました。

その結果、投球側の上肢が身体から外方向へ離れ、投球側の頸部から肩甲帯周辺が引き伸ばされるような状態になります。

このような状態では、投球動作を繰り返すたびに頸部から上肢へ向かう神経系や胸郭出口周辺にもメカニカルストレスが加わる可能性があります。

今回の選手に起きている尺骨神経障害を、この投球動作だけが原因だと断定することはできません。

ただ、症状と投球動作を切り離して考えるのではなく、上肢へどのようなストレスが加わる動作になっているのかを評価する必要があります。

以前サポートしていた150km/hを超える投手にも、似たような動きが見られました。

当時も上肢に違和感があり、施術によって改善を図っていましたが、完全には取り切ることができず、その後手術に至りました。

もちろん、その選手が手術に至った原因を一つの投球動作だけに求めることはできません。

ただ、この経験からも、違和感がある状態で「投げられるから」「球速が出ているから」と出力を上げ続けるのではなく、なぜその部位に負担が集中しているのかを動作から考えることが重要だと感じています。

肩の外旋可動域だけを出せばいいわけではない

腕が遅れて身体から離れていく選手では、投球時に必要となる肩関節外旋も制限されやすくなります。

肩関節外旋が十分に確保できなければ、投球時に肘内側へ加わるストレスも考慮する必要があります。

だからといって、

「肩が外旋しないから、肩の外旋可動域を出す」

だけでは十分ではありません。

肩関節が外旋するためには、その土台となる胸郭が適切に動き、その上で肩甲帯と上腕骨が連動する必要があります。

つまり、肩関節だけではなく、胸郭を含めた状態で外旋動作を評価することが重要になります。

肘が適切に出てくるために重要な胸郭の動き

今回特に重要だと考えたのが、胸椎伸展を含めた胸郭の動きです。

投球動作の中では、胸郭が適切に動くことで肩甲帯・上肢が動くためのスペースを作り、腕を投球方向へ運んでいくことができます。

胸郭が十分に動かなければ、腕だけで必要なポジションを作ろうとしたり、体幹を過剰に側屈させたりすることで代償する可能性があります。

その状態で「肘を出して」と指示しても、身体機能としてその動きを作れなければ、別の場所でさらに代償するだけかもしれません。

だからこそ、

肘を意識的に出させるのではなく、胸郭が動くことで肘が適切な位置へ運ばれる状態を作る

という考え方が必要になります。

胸椎が動かない原因を胸椎だけに求めない

さらに考えなければならないのが、

なぜ胸椎が伸展できないのか

という部分です。

胸椎伸展が不足しているからといって、胸椎だけにアプローチすれば解決するとは限りません。

例えば腰椎が過伸展している状態では、すでに腰部で伸展方向への動きを代償しているため、胸椎で必要な動きを作りにくくなることがあります。

そして腰椎過伸展の背景をさらに見ていけば、骨盤のポジションや大腰筋の機能、股関節、さらに下肢の状態まで関係してきます。

投球動作は局所の集合ではなく、

下肢
↓
骨盤・股関節・大腰筋
↓
腰椎
↓
胸椎・胸郭
↓
肩甲帯
↓
上肢

という連鎖の中で考える必要があります。

今回は胸郭へのアプローチを優先

本来であれば下肢から全身を評価し、必要な部分へアプローチしていきます。

ただ、今回は時間的に下肢まで十分に介入することが難しかったため、椅子に座った状態で胸郭へのアプローチを中心に行いました。

座位にすることで下肢の影響をある程度減らした状態で、胸郭そのものがどの程度動けるのかを確認します。

そのうえで、胸骨に対する肋骨の動きを引き出しながら、背面で胸郭の動きを制限している要因にもアプローチしました。

動かない状態でドリルを繰り返さない

動作改善というと、すぐにエクササイズや投球ドリルを行うことが多いと思います。

しかし、本人が動かそうとしても身体機能として動かせない状態であれば、ドリルだけを繰り返しても目的とする動きを学習することは難しくなります。

今回の選手については、単純に「動かし方が分からない」という問題だけではなく、神経系によって上肢の運動そのものが制限されているような印象がありました。

そのため今回は、最初から動きを教え込むのではなく、まず神経整体によって動きを阻害している要因にアプローチしました。

「施術→ドリル→投球」の順番

今回の動作改善では、

① 神経整体で動きを阻害している要因へアプローチする
② 腕が無理なく動ける状態を作る
③ ドリルで新しい動きを学習する
④ 投球動作の中で再現する

という順番で進めています。

施術だけで投球動作を完成させるわけではありません。

施術によって「動ける身体」を作ったうえで、自分で動かすドリルによってその動きを学習し、最終的に実際の投球動作へつなげていきます。

動ける状態を作ることと、その動きを使えるようにすることは別の問題です。

この2つを分けて考える必要があります。

まず腕が動く状態を作ってから出力を上げる

今回もう一つ重要視しているのが、出力を上げる順番です。

現在でも球速は約140km/hあります。

しかし、腕が遅れて身体から離れていく状態のまま、並進や回転によるエネルギーをさらに大きくすれば、それだけ上肢へ伝わる負荷も大きくなる可能性があります。

そのため、最初から全身を使って強く投げることは行いません。

まずは、

腕がしっかり動ける状態を作る

ことを優先します。

その状態を確認してから回転動作を加え、さらに並進運動を加えていく。

上肢
↓
回転
↓
並進

と段階的に要素を増やしながら、最終的な投球動作へつなげていきます。

出力を上げることよりも先に、その出力を受け止められる身体と動作を作ることが必要だと考えています。

「肘を出す」ではなく「肘が出てくる状態」を作る

投球動作で肘が適切な位置に出てこないとき、肘そのものが原因とは限りません。

肩関節の動き、その土台となる胸郭、さらに胸郭の動きに影響する脊柱・骨盤・股関節・下肢まで見ていく必要があります。

だからこそ、

「肘を出して」と指示するのではなく、肘が適切に出てくる身体の状態を作る。

今回のケースでは、その中でも特に胸郭の動きを重要視しました。

フォームだけを修正するのではなく、

なぜそのフォームになっているのか。
身体機能として、その動作を行える状態にあるのか。

そこまで確認したうえで、施術・ドリル・投球をつなげていくことが、投球動作改善では重要だと考えています。